1位:靳如超(ジン・ルチャオ)

靳如超(ジン・ルチャオ/1960年~2001年、当時40歳)は、現代中国犯罪史上、単独犯によるものとしては最悪の死者数を出した大量殺人犯である。   この男が2001年に起こした「石家荘(せっかそう)爆破事件」は、一夜にして108人の命を奪った。 特定のテロ組織や政治的背景を持たない個人の私怨が、都市の集合住宅群を崩壊させるほどの破壊力を持ったという点で、中国社会に未曾有の衝撃を与えた。   家庭内の不和や隣人トラブルといった極めて個人的な憎悪が、社会全体への無差別な報復へと拡大した最悪のケースとして記録されている。

靳如超

強姦罪で10年服役

江蘇省出身。1988年、強姦罪で有罪判決を受け、10年間の懲役刑に処された。1997年に出所(仮釈放)した。

1週間前に同棲相手を殺害

爆破事件の直前、雲南省において、3か月間同棲していた女性を殺害した(2001年3月9日)。  警察の追跡を逃れる中で、「自分を不遇な境遇に追いやった全ての人間を道連れにする」という極めて身勝手な決意を固める。 自分の親族や元親族が住んでいる建物を爆破し、一斉に殺害するという計画を立てた。

大量の爆薬袋を取り付ける

犯行は、周到かつ冷酷であった。 違法業者から大量の爆薬(硝酸アンモニウム系)と点火線(雷管)を購入。   標的とした人たちが住む寮などの支柱付近に、大量の爆薬袋を設置していった。 全5棟。三輪バイクやタクシーで移動しながら、取り付けた後、次々と点火して回った。  

<靳が爆破した建物>
建物 犯行動機 死者数 被害状況
綿布メーカーの寮(16号棟) 元妻の両親(つまり元義父と元義母)や元隣人の居住先。
元義父と元義母が、元妻との離婚を主導したと逆恨み(被害妄想)。
また、自分が以前住んでいた際、部屋の割り当てを巡って激しく争った隣人への一方的な恨み(被害妄想)も。
93人 全壊。建物全体が完全に崩壊し、最も多くの犠牲者が出た。
綿布メーカーの寮(15号棟) 実父の妻(継母)の居住先。実父の死後、家の所有権を巡って争っていた継母への一方的な恨み(被害妄想)。 16号棟に隣接。外壁に大きな穴が開き、甚大な被害。
建設会社の寮 実弟の居住先。継母と結託して自分を家から追い出したと一方的に思い込んでいた(被害妄想)。 5人 建物の一部が崩壊。実弟は無事だった。
工具会社の寮 元妻の居住先。靳が強姦罪で逮捕された後の1988年に離婚。 10人 建物の一部が崩壊。元妻は不在だったため、無事だった。
民家 生家。実父から相続を受けた物件だった。第三者に売却したが、価格面で損をさせられたと勝手に思い込み(被害妄想)、買い手の人たちを恨んでいた。 0人 建物の一部が倒壊。地面に大きな穴が開く。

悪夢の40分間

2001年3月16日、午前4時16分から4時52分にかけて、靳はあらかじめ設置した爆薬を次々と起爆させた。

特に、元妻の両親らが住む綿布メーカーの寮の被害は壊滅的だった。 建物全体が瞬時に崩れ落ち、就寝中だった住民の多くが瓦礫の下敷きとなった。   標的とされたのは、靳が恨みを持っていた特定の個人たちだったが、集合住宅という構造上、全く無関係な子供を含む多数の家族が巻き込まれた。

被害妄想

元親族や親族を逆恨み

元妻は結婚中、靳から激しい家庭内暴力を受けていた。 元妻の母親も暴行で病院送りにされたこともあったという。 1988年に靳が強姦罪で収監されるに至り、ようやく離婚を成立させることができたのだった。 靳は、離婚を主導したのは、元妻の両親(元義父と元義母)だと一方的に思い込み、逆恨みを抱いていたようだ。

すぐ死刑

1週間後に逃亡先で逮捕

事件発生後、中国公安当局は全国規模の緊急配備を敷き、史上最大級の捜査網を展開した。   事件から一週間後の3月23日、広西チワン族自治区北海市にて潜伏中の靳如超は逮捕された。   取り調べに対し、自身の犯行を全面的に認め、その動機を「継母や元妻、隣人たちへの報復」と語った。

犯行から44日後の執行

   裁判は迅速に行われた。逮捕から26日後、死刑判決が下された。 控訴もあっさり棄却。事件発生からわずか1か月半後の2001年4月29日、銃殺刑に処された。   この事件は、中国における爆発物の管理体制の甘さを露呈させ、その後の法改正や取り締まり強化(特に農村部や鉱山における火薬類管理)に決定的な影響を与えた。

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